01 狂うように死んでいけたら。何度そう願ったか知れないのに   Side-■ 




 
ワーのサァァ・・・と流れる音がひどく耳障りで、吐き気は止まらない。くもった鏡には自分の顔なんて映らないし、
窓のないバスルームはひどく封鎖的で、行き場のない湯気が天井の辺りで澱んでいる。浴槽の湯は温かく、少しずつ赤く染まっていく。
ゆらりゆらりと赤く帯のように血は流れていって、どくりどくりと、まるで心臓が手首にあるかのように傷口は脈打つ。
シャワーから水は流れ続け、床の上では淡い色の照明器具に
カミソリが鈍く反射している。
  
手首を切るのは決して初めてではない。その痛みの持つ魅力に気づいたのは、確か小学生の頃だったと記憶している。
カッターよりもカミソリのほうがよく切れて傷も目立たないと聞いて、その日のうちに水色の小さなカミソリを買ったのだ。
傷口は、夜には熱を持ってひどく痛み出すのだけれどそんなことはどうでもよかった。かえってその痛みに親しみすら感じるくらいだ。

静かに静かに自分が死んでいくということに、ひどく安心感を覚える。死にゆく過程こそが最も自分の生を感じさせる。


 
――――だけど、そんなのって・・・矛盾してる。

そう思ったらなぜかおかしくて笑ってしまった。笑い声はシャワーの音にかき消されて、湯気の中に吸い込まれた

 ――――こんなことは

救いでもなんでもないんじゃないか、とか、何かにつけて袖口からのぞく傷口に、あの子が困ったように笑うのとかが。

 ――――決して正しいことじゃないなんて、わかってる。

わかってはいるけど、間違ってはいない、と自分をいつまでも甘えさせているのだ。困ったように笑う、その笑顔に。
そのたびに彼女を傷つけて、悲しませていると、それが自分にとってひどくつらいことなのだと、わかっているのに。
彼女と出会わなくて、ルームシェアしようなんて考えなくて、一緒にご飯を作ったり、夜中に恋について語り合ったりなんかしなくて。
今まで通りずっと独りきりででいればこんなつらい思いもしなかったのに

既にこの自傷行為は、単なる痛みによる救いではなく、「死」という本来の意味を全うさせようとしている。
狂うように、狂うように静かに死んでいけたら。なんどそう願ったか知れないのに。
そのたびにあの子の困ったような笑顔が浮かんで、涙がこぼれてしまうのだ。それがどうしても、私を先に行かせてくれない。
  ゆるゆると、浴槽の湯の中に血液が溶け出していく。シャワーの水は排水溝に吸い込まれていく。
そろそろ隣の部屋のあの子が、異変に気づく頃かも知れない。あたしの名前を呼びながら、扉を開けるかもしれない。
そうしたら彼女はどうするだろう。出しっ放しのシャワーに、鈍く光るカミソリに、水浸しの真っ黒なワンピースを着たままの白い体に、
薄桃色に染まっている浴槽に、小さく息を呑むだろうか。
そしていつもより引きつった顔で、困ったようなあの笑顔をあたしにむけるだろう。そうだ。きっとそうに違いない。
だって、もうどこにも行けないのだ。天井に澱む湯気のように。どこにも。




こっそりとプー○ン・マー○ンシリーズと呼ばれているmonoシリーズです。
■と□。2人の女の子の話。名前は出てきません。この話はside-■です。
ちょっとずつ更新しているため、忘れた頃に増えているかもしれません・・・



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